正直しんどい

140文字では書ききれないパッション

【エイプリルフール】もしも安藤忠臣と村山良樹が兄弟だったら

 タイトルどおり、安藤忠臣と村山良樹がもし兄弟だったら……という、山田さん好きによる妄想話。

 

***

 

 ここには来るなと、何度も口酸っぱく言ったはずだった。

 利息の回収のために留守にしていた事務所に戻ってきた安藤忠臣は、ソファのひじ掛けを枕がわりにしている黒い頭とその頭に巻かれたネイビーのバンダナを見て、深い深いため息をついた。足音と気配を察知したのか、バンダナ頭がもぞりと動き、緩慢な動作で半身を起こした。

 事務所入り口で突っ立ったままの安藤のほうを振り向き、バンダナで半分隠れた瞳を細めて口を開く。

 

「にいちゃん。おかえりー」

「……お前な、ここには来るなって言ったのも理解できねえのか? 鬼邪高生さんよ」

「えー? だってさあ、にいちゃん電話出てくんねえし、LINEも返してくんねえし、てか既読もつけねえの酷くねえ? だから直接会いに来たってわけー」

「……仕事の邪魔すんなって言ってんだよ」

 

 ソファには学ラン姿の男がでろんと腰かけていて、表情をひきつらせる安藤を見上げていた。突然の来訪者、こと村山良樹は、安藤忠臣の弟だった。血の繋がりは半分しかなかったが、どういうわけか外見は瓜二つだった。

 弟の存在など知らぬまま生きてきた安藤の前に突然現れた村山良樹という男は、親から自分の兄の存在を知らされて以来、ずっと安藤のことを探していたのだという。あらゆる手を尽くしてどうにかこうにか兄を見つけ出し、無理やり連絡先を交換し、連絡をほぼ返さない兄に定期的にメッセージを送り、電話を掛け、無視されることが続けばこうしてときどき事務所に勝手に上がり込んできた。

 

「じゃましてなくねえ? にいちゃんがトリタテ行ってる間、おれはここでおとなしく待ってたんだしさあ」

「……これ飲んだら帰れ。俺はこれからまた別の客のところに行」

「えー。ブラック苦いからなぁ。甘いやつがいいなぁ」

「……。」

 

 初めて村山が安藤の前に現れたとき、安藤は借金を踏み倒そうとしている顧客を死に物狂いで追いかけている最中だった。長年の喫煙によって体力が大幅に落ち、肺が破れそうになりながらも全力疾走しているさなかに向かい側から「にいちゃん!」なんて言っている、自分と同じ顔の男が走ってきたのだ。安藤も、そして安藤に追いかけられている顧客も、何が起きたのか分からないまま一瞬動きが止まってしまい、それによって顧客を捕まえることが出来た。が、無事に回収を済ませ、そのあと村山から経緯を聞かされた安藤はたった一言、「お前さっさと帰れ」と答えるのみだった。なるべくなら関わりたくなかったのだ。

 しかしどんなに突っぱねようと村山良樹という男は諦めることなく安藤をつけ回し、ぴったり後ろについていった。自分と同じ顔の男が学ランを着てこの街を歩いているという事態に、このままでは自分の金融業にも支障が出ると危惧した安藤は、村山に条件つきで自分と関わることを許した。

 仕事をしている自分のそばに近寄って来るな、という条件と、この街にも来るな。という条件だったが、一番遵守してほしい“街に来るな”という言葉は守られたためしがない。

 

「俺はお前と違って暇じゃねえんだよ」

「おれも暇じゃねえってのー。鬼邪高にもさあ、いろいろあんだよね。課外授業とかも忙しいし」

「課外授業? そんなことしてんのかよ。まともなとこあんじゃねえか鬼邪高」

「でしょー。鬼邪高狙ってくるやつはさ、ちゃんとぶっ飛ばさないと」

「……ハァ」

 

 安藤は自分の思い浮かべる課外授業と村山の言う課外授業の認識の相違に、再びため息をついた。そしてすぐに思い直す。この街から遠く離れた、荒れた地区の一角を担う高校である。噂程度しか聞かないが、そのどれもこれもがまともとは言い難いエピソードばかりだ。

 

 ブラックコーヒーを嫌がる村山にカフェオレの缶を渡してやると、子供のような顔をして嬉しそうに笑う。

 同じ顔をしているが全く違う生き方をしてきたゆえか、安藤には村山の浮かべるふにゃふにゃした笑顔が嘘のように思えてならなかった。自分にはない、ありえない表情なのだ。そう思うと同時に、その顔で、その身なりでこのラストファイナンスまでのこのこやってきたことに、わずかな苛立ちを覚えた。

 知っている奴に見られていたらどうする。

 それが万が一金を貸している客だったら?

 そう考えると背筋にぞわりと寒気が走った。

 

「もうここ来んなよお前」

「やだ、来るよ」

「一万歩譲ってそのカッコでは来んな」

「えー? このかっこ楽だから好きなんだけどなあ」

「お前がそのカッコしてこの辺フラフラしてたら俺だと思われんだろうが」

「そうなったらそうなったで面白くない?」

「ねえよ」

 

 安藤は手加減せずに村山の頭を拳で殴った。ゴン、という鈍い音がしたが、痛みを感じるのは自分の拳ばかりで、殴られた村山のほうは「いってえ~」なんて言いつつもさして痛がっているふうでもなかった。そういえば、いつか村山が一方的に話しかけてきたことを思い出す。過去の乱闘で、頭突きで倒した相手は100人を超えたとかなんとか……。村山は恐ろしく硬い石頭の持ち主なのだ。

 村山に対して武力行使は効果がない、と思い直した安藤は自身のデスク向かい、椅子にどさりと腰かけた。煙草を咥え火を点けるまでの安藤の動作を、村山は目を輝かせて眺めている。なんだよ、と安藤が視線を向ければ、言葉もなくへらりと笑顔を浮かべる。その緩み切った顔を見て、安藤はまた同じ顔でこうも違うものか、とどこか感慨深い気分になった。

 

「……お前、いつ卒業すんだよ」

「ん~、いつだろーなあ。鬼邪高のやつらと過ごすの楽しいしさあ、まだやることいっぱい残ってるような気もするし」

「やることってなんだよ」

「わかんねえから探してる~。へへへ」

 

 成人を過ぎてもなお学生服を着て高校生活を送っている弟を見て、安藤は自身の過去を振り返った。高校生活は3日で終わらせて、安藤はヤクザの事務所へと就職した。楽しいと感じることよりも苦労や苦痛のほうがずっと多い日々を過ごしていくうちに、笑顔を浮かべることもほとんど無くなった。そんな安藤の目には、無邪気に笑う村山が眩しくさえ見えた。

 そして、そんな無邪気な少年のような村山良樹には自分の生きる世界にあまり踏み込んでほしくない、とも、安藤は内心思っていた。だから彼がここへやってくるとき、安藤は無意識に強い語調になった。しかしそんなことを一切気にしていない村山は、ソファの上で膝を抱えながら、安藤からもらったカフェオレを大事そうに飲んでいる。

 

「たったふたりの兄弟なんだからさー。仲良くしよーぜ、にいちゃん」

 

 兄弟なんだから。村山の言ったなんでもないような言葉に、安藤は一瞬だけ動きを止めた。安藤がまだ今の村山よりも年下だった、18歳のころ。手の付けられないやんちゃな子供だった自分を、子のように、弟のように可愛がって面倒を見ていてくれた存在を思い出す。そこで安藤はそれ以上の記憶を掘り起こすことを辞め、頭を左右に振った。ぽかんとした顔で「どしたの?」と聞いてくる村山には、「うるせえ」と返すことしか出来なかった。

 

「あ。そういえばさあ、にいちゃん」

「あんだよ」

「なんでおでんって冬にしかねえのかな? おれさぁ、コンビニいくと毎回食いたくなるんだよね。なのに春だからもう無いんだよね。」

「……知るかよ」

 

 ばかなことばかり言うやつだと思っていた弟と自分がまったく同じことを考えていたことを知ってしまい、心なしか頭痛が酷くなった気がした。嬉しくない共通点を増やしてしまったことに苦い顔をしながら、安藤は天井を仰いで紫煙を吐き出した。